読書
2006年02月27日
五体不満足・完全版(乙武洋匡)
今朝の全日空の第1便で、秋田から実家に帰ってきました。
朝5時起きで、7:20発の飛行機に乗るの、結構つらいのね。
しかも今日は飛行機結構揺れて、ベルト着用サインが消えたのは20分くらいだったし。
おまけに羽田に着陸後、到着ロビーまでバスで御案内とかされるしね。
羽田から実家まで直行しましたが実家に着いたのは10:00頃。
荷物を置いた後、すぐに家探しに出かけました。
直接物件を見たのは1件だけだったのですが、就職先に近いのは大変便利なのですが、駅から数百メートルの道幅が…車もって行くときに絶対に1箇所くらいは擦りそう…。
まあ、最悪この物件になるかも。道幅以外はそこそこ満足な物件だったし。
別の不動産屋で何件か紹介してもらい水曜日に案内してくれる手はずを整え、今日の家探し終了。
そんなこんなで、今日は結構疲れました。
先日、引越しを控えているので荷物を少しでも減らそうと、邦楽のCDを何十枚かBOOK-OFFに売りに行きました。
そして売ったお金+αで、文庫本2冊GET!(結局荷物増えてる?)
今日の旅の道中、そのうちの1冊を読みふけってました。
前から1度は読んでみたいと思っていた「五体不満足・完全版(乙武洋匡)」。
文庫本を1日で1冊読めるほどの暇ができたの、久しぶり。少し幸せ。
最初のほうから彼自身や彼の周囲の人たちのエネルギッシュぶりに感動もしましたが、完全版で加筆された部分での彼の苦悩にも妙に共感してしまった。
というかむしろ後者の方が強かったかも。
障害を個性(「特長」)と考えるということ、「自分らしく」生きるということ、そして「自分にできることは何か」を考えてそこに自分の存在価値を見出していくこと。
一方で、いわゆる「バリア・フリー」、「ユニバーサル・デザイン」といった考え。
この両者がなにか矛盾してるんだろうね。少なくとも今の日本では。
まあ、一方は個性を発揮するってこと、もう一方は「障害者」もそうでない人もみんな一緒に、ってことだから、ある意味矛盾するのは当然かもしれない。
個性を発揮しようとすれば、そこの部分で壁(バリア)が生じてしまうということか。
個性を発揮してもそこでバリアが生じない社会、というのが本当の意味での「バリア・フリー」なんでしょうけど。
「バリア・フリー」って言葉そのものは、今となっては多くの人に理解されるようになったと思いますが、それが「バリア・フリー」の真の意味であるかというのはまた別の問題ではないかという風に感じました。
なんか自分で書いていてもわかりにくい文章になってしまいましたし、乙武洋匡氏がこの本やその加筆で伝えたかったことは全く別のことのような気もしますが、これが今の私の率直な感想です。

